良寛の唄
良寛さんの唄を掲載しています
七絶一首
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七絶一首
〔訓み〕
十字街頭 食を乞いおわり
八幡宮辺 まさに徘徊す
児童 あい見て ともにあい語るは
亡年の痴増 今又来たると
 
和歌一首

わがやどを
たづねてきませ
あしびきの
やまのもみじを
たどりがてらに

和歌一首

われながら うれしくもあるか
みほとけの いますみくにに
ゆくとおもえば

永平緑を読む
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(永平緑を読む)
春夜 蒼茫たり 二三更 
春雨 雪に和して 庭竹にそそぐ
寂寥を慰めんと欲すれど まことに由なく
暗裏に模索す 永平緑
香を焼き 燈を点じ 静かに披き見るに
一句一言 みな 珠玉たり
憶い得たり 疇昔 玉島にありて
円通の先師
正法眼を提示せしことを
当時すでに 景仰の憶あり
ために拝閲を請い 親しく履践す
始めて 従前の みだりに 力を費せしことを覚り
これより師を辞して 遠く 往返す
ああ 永平 何の縁かある
到るところ逢着す 正法眼
参じ去り 参じ来る およそ幾回ぞ
そのうち 往々にして 呵嘖なし
諸法 知識に 参学し到り
ふたたび この緑を把りて ほぼ賛同す
ああ 諸方の混ずるを いかんともするなく
玉か石か ともに分つなし
五百年来 塵挨に委ねしは
職として これ 法を択ぶの眼なきによる
滔々 皆これ 誰がためにか拳ぐる
言うなかれ 今に感じて 心曲を労すと
一夜 燈前に 涙 留まらず
湿い尽す 永平古仏の録
翌日 隣翁 草庵に来り
我に問う この書 なんとすれぞ湿いたると
道わんと欲して道わず 心 うたた切なり
心 うたた切なるも 説き及ぼさず
低頭 やや久しうして 一語を得たり
夜来 雨漏 書笈を湿すと

〔大意〕春の夜がふけて、あたりがぼんやり暗くなり、
雨に雪がまじって、庭の竹に降りそそいでいる。この寂しさをなぐさめるのに、ほかに方法がないので、暗がりを手探りして『正法蔵眼』を取り出した。香をたき、燈をつけて、静かに開いて読んでみると、どこを見てもすへて珠玉の名言である。
思えばかって玉島の円通寺にいたとき、亡くなられた師の国仙和尚から、『正法源蔵』の堤唱に接したことがある。そのころは、すでに道元禅師を尊敬していたから、つつしんで拝誦し教えを実行しょうとした。すると、これまでの努力が、無駄であったことを覚ったので、国仙和尚のもとを辞して、諸国の遍歴に上った。
すると、『正法源蔵』と自分とが、どういう因縁であるのか、どこへ行っても『正法源蔵』の教えにぶつかる。高僧といわれる人について参学し、ずいぶん接触したのに、すこしも叱ってくれぬことがある。そこで、またほかの高僧について参学し、このようなことを重ねて、再びこの書物を読み直してみると、おおよそ禅の極意というものを悟ったような感じがした。ああ、現代ではもろもろの教義が乱れはびこり、玉と石とを区別できないほどである。この書物が五百年このかた、ちりとほこりにまみれてきたのは、おもにこの法をえらぶ見識がなかったためではないか。
この書物にあふれる大文字は、いったい誰のためにあるか。修行者のためではないのか。それなのに修行者どもが、この書物に感応しないとは、いったい何のための修行であろうか。これを思うと、燈前に胸がせまって、涙がとめどもなく流れ、すっかりこの書物をぬらしてしまった。
さて翌日、隣家の老人がたずねて来て、この書物がぬれているわけをたずねた。わけを話そうにも、まだくやしさが心に満ちていて、なかなか言葉にはならない。しばらく考えて、うまい言い訳が出た「昨夜から雨もりのために、本箱がぬれたためだ」と。


旅の和歌 良寛
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旅の和歌 良寛

やまおろしよ いたくな吹きそ しろたへの
ころもかたしき たびねせしよは

おもひきや みちのしばくさ うちしきて
   今宵はおなじ かりねせんとは

浜風も 心して吹け ちはやぶる
   神の社に 宿りせし夜は

よしや寝んすまの浦はの 波まくら

つのくにの たかぬのおくの ふるてらに
すぎのしづくを ききあかしつつ

幾度か まみる心は 勝尾寺
   ほとけの誓 たのもしきかな

(西行法師の墓に詣でて花をたむけて詠める)
たをりこし はなのいろかは うすくとも
   あはれみたまへ 心ばかりは

ながむれば 名もおもしろし 和歌の浦
   心なぎさの 春にあそばん

伊勢の海 波しづかなる 春に来て
   昔のことを 聞かましものを

立田山 紅葉の秋に あらねども
  よそにすぐれて あはれなりけり


一衣(いちえ) 一鉢
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一衣(いちえ) 一鉢 わずかに身に随(したが)う 
強いて 病身を扶け 座して香を焼く
一夜 簫々(しょうしょう)たり 幽窓の雨
惹(ひ)き得たり 二十年 逆旅(げきりょ)の情

〔大意〕
身につける物としては、雲水の法具のねみである。遠路はるばるここまで来て、病の身を無理におこして、正座して香をたくと、窓外のしとしと降る雨が、いかにも物さびしくひびき、二十年にもわたる旅暮らしが、いろいろと回想されてくる。

母をおもい
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母をおもい
たらちねの 母がかたみと 朝夕に
   佐渡の島べを うち見つるかも
いにしへに かはらぬものは 荒磯海と 
むかひに見ゆる 佐渡の島なり

こしにきて まだこしなれぬ われなりや
   うたてさむさの はだにせちなる

おろかなる 身こそなかなか うれしけり
   弥陀のちかひに あふと思えば
渡しにし 身にしありせば 今よりは
   かにもかくにも 弥陀のまにまに 

世をいとふ すみの衣の せまければ
   つつみかねたり しづが身をさへ
寺泊にありし時よめる
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寺泊にありし時よめる


大殿の    とののみ山の
み林は    幾世へぬらん
ちはやぶる  神さび立てり
そのもとに  庵をしつつ
朝には    いゆきもとほり
夕べには   そこに出て立ち
立ちて居て  見れどもあかぬ
これのみ林 
反歌
山かげの ありその波の 立ちかへり
   見れどもあかぬ これのみ林
大殿の 林のもとを 清めつつ
   昨日も今日も 暮らしつつ


再遊善光寺(再び善光寺に遊ぶ)

曽随先師遊此地 かって先師にしたがって
           この地に遊ぶ
回首悠々二十年 首を回らせば 悠々二十年
門前流水屋後嶺 門前の流水 屋後の嶺
風光蕕似舊時研 風光 なお 旧時の研に似たる

〔大意〕かって、なき師僧にしたがって、この土地に遊んだことがある。思い起こせば、はるか二十年も昔のことである。山門の前を流れる小川も、金堂のうしろの峰も、その風景は昔のままの美しさを保っている。



五合庵
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五合庵
索索五合庵  索々(さくさく)五合庵
室如懸礊然  室は 懸礊(けんけい)のごとく然り
戸外杉千株  戸外には 杉 千株(しゅ)
壁上勝偈數  壁上には 偈(げ) 数篇
釜中時有塵  釜中(ふちゅう) ときに塵(ちり)あり
甑裡更無烟  甑裡(そうり) さらに烟(けむり)なし
唯有東村蓃  ただ 東村の蓃(おきな)ありて
頻叩月下門  しきりに叩く 月下の門

(大意)五合庵はわびしいものだ。石礊(仏教の楽器)のような「く」の字型の室に、めぼしいものは何一つない。戸外は多くの杉木立にかこまれ、壁上には詩偈を数篇はりつけてある。釜はあまり用いないから、ほこりがたまることがあり、せいろうは一向に炊烟をあげない。こんなわびしいところでも、時にはふもとの村里に住む老人が、月下に遊びに来てくれる。


わがやどは 竹の柱に 菰(こも)すだれ
しひてをしませ 一杯(ひとつき)の酒


大悲閣
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われ 大悲閣に上り
頣を支えて 雲煙りを眺む
長松 なんぞ落々たる
清風 万古より伝う
下に 龍王の水あり
底に撤りて 浄く痕なし
ために報ず 往来の者
ここに来って 心顔を照らせ
〔大意〕いま大悲閣に上って、頬杖をつき、はるか雲煙を眺めやる。高い松がそびえ立ち、すがすがしい風を、昔ながらに送ってくる。この堂宇の下方には、竜王水という井戸がある。なんの濁りもなく、底まで透きとおっている。往来の人々にお知らせする、ここに来て心や顔を照らしてごらんよ。


のこしおく このふるふみは すえながく
  わがなきあとの かたみともなれ

是非
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昨日は是であったことでも
今日は非であることもある
かと思うと 今日の是が
昨日の非であったりする
是といい非といい 定めなく
得も失も予断はできない
愚者柔軟心がないから
どこへいっても喰いちがいばかりだ
知者はよく洞察していて
事にあわてず、落着きはらっている
愚者は困るが知者にも及べぬ人物こそ
わたしは人間らしい人間だと思う


人心おのおの同じからず
面に相違あるごとし
ともに一般の見を執りて
到るところたがいに是非す
われに似なば非も是とし
われに異なれば是も非とす
ただ己れの是とするところを是とする

としのはてによみてありのりにおくる
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としのはてによみてありのりにおくる

のづみのや みてらのそのの
うめのきを ねこじにせむと
あづさゆみ はるのゆふべに
いはがねの こごしきみちを
ふみわけて たどりたどりに
しぬびつつ のきはにたてば
ひとはみて ぬすびとなりと
かねをうち つづみをならし
あしびきの やまとよもして
つどひけり しかしよりして
みなびとに はなぬすびとと
よばはへし きみにはあれど
いつしかも としもへぬれば
あしのやの まろやがもとに
よもすがら やつかのひげを
ひねりつつ おはすらむかも
このつきごろは