憶う 円通寺に在りし時
つねに 吾が道のなるを歎ぜしことを
柴を運んでは龍公(ほうこう)を懐(おも)い
碓(うす)を踏んでは 老廬(ろうろ)を思う
入室 あえて後るるにあらず
朝参<ちょうさん)つねに徒に先んず
ひとたび 席を散じてより
悠々たり 三十年
山海 中州をへだて
消息 人の伝うるなし
恩に感じ ついに涙あり
これを寄す 水の潺湲(せんかん) たるに
(大意)円通寺にいたころを思い出すと、いつも自分の分別は、同僚とかけ離れていて、孤独を嘆いたものである。だから自分は、柴を運び、臼をふみながら、先覚者龍居師や廬行者にし、これにあやかりたい一心であった。つらい修業にも精を出し、参問のために師の室に入ったり、暁天の座に参列するのに、人に後れをとったことはなかった。今や円通寺を去って、三十年にもなる。
越後と備中とでは、遠く山河をへだてているので、あの円通寺がその後どうなったか、消息を知らせてくれる者もいない。だが、国仙和尚の師恩をおもうと、ついに涙があふれでる。さらさら音を立てて流れる水に、それを寄せることにしょう。
つねに 吾が道のなるを歎ぜしことを
柴を運んでは龍公(ほうこう)を懐(おも)い
碓(うす)を踏んでは 老廬(ろうろ)を思う
入室 あえて後るるにあらず
朝参<ちょうさん)つねに徒に先んず
ひとたび 席を散じてより
悠々たり 三十年
山海 中州をへだて
消息 人の伝うるなし
恩に感じ ついに涙あり
これを寄す 水の潺湲(せんかん) たるに
(大意)円通寺にいたころを思い出すと、いつも自分の分別は、同僚とかけ離れていて、孤独を嘆いたものである。だから自分は、柴を運び、臼をふみながら、先覚者龍居師や廬行者にし、これにあやかりたい一心であった。つらい修業にも精を出し、参問のために師の室に入ったり、暁天の座に参列するのに、人に後れをとったことはなかった。今や円通寺を去って、三十年にもなる。
越後と備中とでは、遠く山河をへだてているので、あの円通寺がその後どうなったか、消息を知らせてくれる者もいない。だが、国仙和尚の師恩をおもうと、ついに涙があふれでる。さらさら音を立てて流れる水に、それを寄せることにしょう。
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