近江路をすぎて
古里へ 行く人あらば 言づてむ 今日近江路を
我越えにきと
木曽路にて
この暮れの 物悲しきに 若草の 妻呼びたてて
小牡鹿鳴くも
狭筵に 衣片敷き ぬば玉の 小夜ふけ方の
月を見るかも
つれづれに 月をも知らで 更科や 姨捨山も
よそに眺めて
(独り物思いに沈んで旅をしていたので、月の名所ということも気づかず、更科にある姥捨山も自分には関係ないものとして、ただ眺めながらとうりすぎたよ)
言の葉も 如何かくべき 雲霞 晴ぬる今日の
富士の高根に
富士も見え 筑波も見えて 隅田川 瀬々の言の葉
尋ねてもみむ
(にしを眺めると富士の山が見え、東を眺めると筑波の山が見える。このすばらしい隅田川のほとりに来て、川の瀬が多くあるように時代ごとに述べられた和歌を尋ね出し、その思いを味わってみたいものだ。)
都鳥 隅田川原に 住 馴れて 遠路近人に
名や問るらむ
(都鳥よ、おまえはこの隅田川の川原に住みついて、そのため他国の人や近くの人からも、名前を尋ねられているであろう)
夢かとも また現とも 思ほへず 君に別し 心まどひに
(あなたが亡くなったその別れの悲しみに心が乱れ、その知らせが夢なのか現実なのか分からないほどだ)
この里に 住き来の人は さはにあれども さすたけの
君しまさねば 寂しかりけり
(家が建ち並ぶこの里を行き来する人は多いけれど、あなたの姿は見られない。あなたがこの世におられないので、まことに寂しいことよ。)
思ほえず 草の庵に 来にけらし ありし昔の 心ながらに
あづさ弓 春野に出でて 若菜摘めども さすたけの
君しまさねば 楽しくもなし
此の里の 桃の盛りに 来て見れば 流れ映る 花のくれなる
名にしあふ 今宵の月を 我が庵に 都の人こと むかふ隅なさ
山里は うら寂しくぞ なりにける 木々の梢の
散り行く見れば
酒くみて 語る浮世の 流れ水 濁り澄めるも さもあらばあれ
(酒をくみかわして親しく語り合う者同士は、この世の流れ者のように定めない境遇にある身だ。ままよ、濁り酒と澄む酒があるように、この世が汚れていようが、澄んでいようが、どうあってもかまわない。)
夕立に 降り込られし くされ儒者 ひたる君子と
誰かいふらむ
亡きをりは 何を頼りに 思はまし あるに習ひし 今日の心は
(子供が、もし亡くなった折りには何を力として生きようかということをも思っただろうか。思いもしなかったのに。元気でいることになれてしまった今日の子供を失った親の気持ちは、言いようもなく悲しいことだ。
語らずに あるべきものを ほとほとに 人の子ゆえに
濡るる袖かな
久方の 雨にぬれつつ 時鳥 鳴く声きけば
昔思ほゆ
ただ頼む 三界六道 田長くる 三瀬の川に
鳴きわたるかな
山かげの 垣根に咲ける 卯の花は 雪かとのみぞ
あやまたれける
深見草 今を盛りに 咲にけり 手折もおしし
手折ぬもおし
うつしみの 人の裏屋に 宿借りて ひと日ふた日と
日を送りつつ
今朝はしも 押し来る水の 凍れるに この里人も
漕ぎぞわづらふ
この里は 鴨つく島か 冬されば 行き来の路も
舟ならずして
おひの身の おひのよすがを 訪ふと なづさへけらし
その山みちを
あしびきの 山の紅葉は さすたけの 君には見せつ
散らばこそ散れ
もたらしの 園生の木の実 珍しみ 三世の仏に
はつ奉る
いかにして 君いますらむ この頃の 雪気の風の
日々に寒きに
あしびきの み山をい出でて 空蝉の 人の裏屋に
住むとこそすれ
しかりとて 術のなければ 今さらに 慣れぬよすがに
日を送りつつ
大殿の 大殿の 殿のみ前の み林は 幾世経ぬらむ
ちはやぶる 神さびにけり そのもとに いほりを占めて
朝には い行きもとほり 夕べには そこにいで立ち
立ちてみて 見れども飽かぬ これのみ林
山陰の 荒磯の波の たち返り 見れども飽かぬ
これのみ林
大殿の 林のもとに 庵占めぬ 何かこの世に 思ひ残さむ
大殿の 林のもとを 清めつつ 昨日も今日も 暮らしつるかも
月夜には いも寝ざりけり 大殿の 林のもとに 行き帰りつつ
古里へ 行く人あらば 言づてむ 今日近江路を
我越えにきと
木曽路にて
この暮れの 物悲しきに 若草の 妻呼びたてて
小牡鹿鳴くも
狭筵に 衣片敷き ぬば玉の 小夜ふけ方の
月を見るかも
つれづれに 月をも知らで 更科や 姨捨山も
よそに眺めて
(独り物思いに沈んで旅をしていたので、月の名所ということも気づかず、更科にある姥捨山も自分には関係ないものとして、ただ眺めながらとうりすぎたよ)
言の葉も 如何かくべき 雲霞 晴ぬる今日の
富士の高根に
富士も見え 筑波も見えて 隅田川 瀬々の言の葉
尋ねてもみむ
(にしを眺めると富士の山が見え、東を眺めると筑波の山が見える。このすばらしい隅田川のほとりに来て、川の瀬が多くあるように時代ごとに述べられた和歌を尋ね出し、その思いを味わってみたいものだ。)
都鳥 隅田川原に 住 馴れて 遠路近人に
名や問るらむ
(都鳥よ、おまえはこの隅田川の川原に住みついて、そのため他国の人や近くの人からも、名前を尋ねられているであろう)
夢かとも また現とも 思ほへず 君に別し 心まどひに
(あなたが亡くなったその別れの悲しみに心が乱れ、その知らせが夢なのか現実なのか分からないほどだ)
この里に 住き来の人は さはにあれども さすたけの
君しまさねば 寂しかりけり
(家が建ち並ぶこの里を行き来する人は多いけれど、あなたの姿は見られない。あなたがこの世におられないので、まことに寂しいことよ。)
思ほえず 草の庵に 来にけらし ありし昔の 心ながらに
あづさ弓 春野に出でて 若菜摘めども さすたけの
君しまさねば 楽しくもなし
此の里の 桃の盛りに 来て見れば 流れ映る 花のくれなる
名にしあふ 今宵の月を 我が庵に 都の人こと むかふ隅なさ
山里は うら寂しくぞ なりにける 木々の梢の
散り行く見れば
酒くみて 語る浮世の 流れ水 濁り澄めるも さもあらばあれ
(酒をくみかわして親しく語り合う者同士は、この世の流れ者のように定めない境遇にある身だ。ままよ、濁り酒と澄む酒があるように、この世が汚れていようが、澄んでいようが、どうあってもかまわない。)
夕立に 降り込られし くされ儒者 ひたる君子と
誰かいふらむ
亡きをりは 何を頼りに 思はまし あるに習ひし 今日の心は
(子供が、もし亡くなった折りには何を力として生きようかということをも思っただろうか。思いもしなかったのに。元気でいることになれてしまった今日の子供を失った親の気持ちは、言いようもなく悲しいことだ。
語らずに あるべきものを ほとほとに 人の子ゆえに
濡るる袖かな
久方の 雨にぬれつつ 時鳥 鳴く声きけば
昔思ほゆ
ただ頼む 三界六道 田長くる 三瀬の川に
鳴きわたるかな
山かげの 垣根に咲ける 卯の花は 雪かとのみぞ
あやまたれける
深見草 今を盛りに 咲にけり 手折もおしし
手折ぬもおし
うつしみの 人の裏屋に 宿借りて ひと日ふた日と
日を送りつつ
今朝はしも 押し来る水の 凍れるに この里人も
漕ぎぞわづらふ
この里は 鴨つく島か 冬されば 行き来の路も
舟ならずして
おひの身の おひのよすがを 訪ふと なづさへけらし
その山みちを
あしびきの 山の紅葉は さすたけの 君には見せつ
散らばこそ散れ
もたらしの 園生の木の実 珍しみ 三世の仏に
はつ奉る
いかにして 君いますらむ この頃の 雪気の風の
日々に寒きに
あしびきの み山をい出でて 空蝉の 人の裏屋に
住むとこそすれ
しかりとて 術のなければ 今さらに 慣れぬよすがに
日を送りつつ
大殿の 大殿の 殿のみ前の み林は 幾世経ぬらむ
ちはやぶる 神さびにけり そのもとに いほりを占めて
朝には い行きもとほり 夕べには そこにいで立ち
立ちてみて 見れども飽かぬ これのみ林
山陰の 荒磯の波の たち返り 見れども飽かぬ
これのみ林
大殿の 林のもとに 庵占めぬ 何かこの世に 思ひ残さむ
大殿の 林のもとを 清めつつ 昨日も今日も 暮らしつるかも
月夜には いも寝ざりけり 大殿の 林のもとに 行き帰りつつ
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